今回は、ある論文を紹介します。この論文は、量子シミュレーションを用いて宇宙論におけるモデルの1つであるインフレーション宇宙論におけるそのシミュレーションを試みるというものです。
[2009.10921] On Quantum Simulation Of Cosmic Inflation (arxiv.org)
未だに実際の計算が行われたわけではありませんが、理論は形になっています。まず、親しみの無い読者もいると思われますので、インフレーション宇宙論について概説します。
インフレーション宇宙論とは
インフレーション宇宙論とは、ビッグバンの後にはそこから宇宙の晴れ上がりまでの間にインフレーションによる宇宙の急膨張があったとする理論です。天体観測の際、遠くのものを観測する際、ドップラー効果によって光の波長が遠ざかる場合は伸び、近づく場合は縮むことが知られています。前者は赤方偏移、後者は青方偏移と言います。そこから、宇宙は膨張していることが判明し、その始まりの点から膨張したとする「ビッグバン宇宙論」が誕生しました。
光の速度は自然界における最高速度であり、その値は約 であることから、遠くの天体を観測するほど過去の天体を観測することになります。
ここから、宇宙の始まりも観測可能であると考えられがちですが、光による観測が不可能な領域が存在します。宇宙の始まりから38万年後に起こった宇宙の晴れ上がり以前の様子を光で観測することは出来ません。そこで何があったのか、詳しいことは未だにわかっておらず、理論予測するしかありません。そこで急膨張が起こったとする理論が、インフレーション宇宙論です。今回紹介するのは、相対論場の量子論におけるハミルトニアンとその波動関数を量子計算機でシミュレーションする理論を構築するものです。
アルゴリズムの概要
宇宙の晴れ上がり以前は光が自由に動けませんでした。そのため、散乱系の相対論場におけるハミルトニアンを解きます。波動関数はダイソン級数で表し、相対論場におけるエネルギー固有値を最小としたまま時間発展させることで、シミュレーションを行います。主なアルゴリズムはこれらを含めたJordan-Lee-Preskilアルゴリズムを一般化したものを利用します。
この研究は未だに実際に宇宙の晴れ上がり以前の状態における時間発展に使われたわけではありません。しかし、これを実用するには到底今日の量子計算機では足りません。
今後中規模量子計算機が出た後に期待したいところです。